「オン・マイ・ビートで駆け抜けろ!!」

  • 第1章「危ないけどやってみようよ」

「危ないけどやってみようよ」

ホテイの言葉で全員がヒムロの顔を見た。

「わかった・・・。12月から6ヶ月間ライブは、休みだ」

BOØWY達は、何度めかの転機を迎え、そして勝負に出た。レコード会社を辞め、ライブ・ハウスからホールへ移って行く事。ロックを本当のビジネスにする事。パンクとかメタルとか、マイナーとかメジャーとか・・・カテゴリがどんどん拡がる中で、ロックを本当の音楽にする為に、見栄や意地や、ファッションで生きて行かない為に、大切な何かの中で、新しい時代のターゲットを絞った。

1984年10月、ヒムロの誕生パーティの席は、緊張の場に変わっていた。

Ø(空集)−誰にも似たくない。

BOØWY達は全員原点に戻り、そして、自分達の進むべき道を、夜明けまで話した。

ヒムロキョウスケ 1960年10月7日生れ O型

 ボーカリスト 出身TAKASAKI

ホテイトモヤス 1962年2月1日生れ B型

 ギタリスト 出身TAKASAKI

マツイツネマツ 1960年9月8日生れ A型

 ベーシスト 出身TAKASAKI

タカハシマコト 1954年1月6日生れ A型

 ドラマー 出身FUKUSHIMA

新しい時代の矢印は、BOØWYを指した。

スタートの前に×××

酸欠を覚悟すれば、立見で400人は入る。ライブの最中、友達とはぐれる事があったとしても、帰る時になれば、友達がふえている事の方が、はぐれる事よりずっと多い。汗のにおい。前の列の、ふり上げるコブシしか見えなくても、それがとても居心地の良い所ー新宿ロフト

1981年。BOØWYは、メンバー達の思い入れを打ち砕くオフィスのミスキャッチ「ラスト・パンク・ヒーロー」として、この店のステージに初登場する。シーンはパンク・ムーブメントで揺れ、ロンドン・ブーツをはいた連中より、チェックで身を包んだ少女達よりも、クサリやチェーンをまいた黒装束達が、一つの文化を生み出す勢いで、街をつらなっていた。

ACT「Ø-1」・マツイツネマツは・・・

1975年マツイは初めてベースを手にする。家も近所、家族も仲よし、幼い頃から仲の良かったヒムロの誘いからだった。遠足で行方不明になってしまうヒムロ。いつでも仲間にかこまれながら、マツイに声をかけてくれるのもヒムロ。よく理解できなかったヒムロの事を不思議な奴と思いながら、マツイはずっとヒムロとつるんで遊んでいた。一人でこっそりと努力をする事が好き。納得のいくまで何度も、何度もくり返す事の好きだった少年は、こしてベースを手にする。ベースばっかりいじってるマツイの事を、当然家族は心配した。何せヒムロはその頃、フダツキになっていたから。

ACT「Ø-2」・ヒムロキョウスケは・・・

彼にとって免許なんて不要。世の中がきめた事の方が曲がっている。バイクにまたがりながら、いつも何かにイライラしていた。ヒムロのまっすぐすぎる正義感と実行力は、大人達からけむたがられた。「あの子とは、つきあうんじゃないよ」仲間の親達は口をそろえていたが、けれど親の言いつけを守る奴なんてはじめから一人もいない。皆ヒムロの本当の事を知っていたし、ヒムロの事を大好きだったから。流行っていたフォークを嫌い、不幸ぶるガラじゃないと、ロックンロールのコピーを始めたヒムロを誰もが応援した。−有名になるんだーバイクやリーゼントは、徐々にバンドのための小道具に変わり、ヒムロは音楽にのめり込んで行く。歌をうたう時だけ、彼はイライラした気分を忘れる事ができたし、それが、時代がかった夢でも、有名になる事、大金持に自分の力一つで、なれるかも知れない歌が、ヒムロは大好きだった。「あの子とは、つきあうな」相変わらず、親達は言っていたけれど。

ACT「Ø-3」・ホテイトモヤスは・・・

クラスメイトに手書きの招待状が届く。ネクタイをしめたホテイの似顔が、色とりどりのサインペンで書いてある。日付と時間、そして場所はボウリング場。ホテイトモヤスの12回目の誕生日のお知らせだった。ホテイはそこで、初めて人前で楽器を弾いた。赤いジュウタンのフロアで、皆にもらったプレゼントをつみ上げ、持ち込んだ電子ピアノで、お礼の一曲をひいた。ギターは、まださわった事も無かったけれど、ホテイの「タンジョウビ」という歌は、ボウリングの試合より、ケーキのキャンドルをふき消した時より、皆を笑わせ、拍手させた。7・3にわけた髪を、かきあげながらホテイはてれくさかった気持ちが、何だか説明のつかない気持ちに変わって行くのを感じた。

あいつを意識して−××××

月に何度か市民ホールでコンサートが行われる。たくさんあるバンドの中で、皆のおめあては、デスペナルティと、ジギーリギー。ロックンロールにのせ、シャウトするラブ・ソング歌うヒムロとマツイのデスペナルティと、サックスと女性コーラス、メイクした185cmのギタリストホテイの居るジギーリギーだ。EAST WESTとA ROCK、本選会で入賞して帰って来た2つのバンドの最初で、最後の競演だった。2人は、いつも相手のコンサートをこっそり見に行って、そしていつも思っていた。あいつにだけは負けたくない。ステージと客席、何度も顔を合わせていたけれど、口をきいた事は一度も無かった。別々のコンテストに勝った2人は、やはり別々のルートで、東京へ出て行く。有名になれるだろうか?そんな不安と、そして自信にふるえた2人の少年は、とりあえず、東京へと向かう。別々の景色の中で大きくなっていった2人の同じ思いは、相変わらず時代がかってると笑われても、けっして消える事は無かった。

ACT「Ø-4」・タカハシマコトは・・・

「あんなに良い高校出たくせに・・・」2年も言われ続けるとさすがにウンザリだった。F校は確かに誰でも入れるって所じゃなかったし、福島ではNo1の進学率を誇ってもいた。「それじゃ良い高校なんか行くんじゃ無かった」大人達のやさしいウワサ話が、初めておせっかいに思え出した時、20歳になったタカハシは、近所の人達に無口になった。けれども、それに比例して、彼のまわりには、いかれた連中が集まり始め、ドラムを叩きながら、歌う彼の評判は、ウナギのぼりにウワサになって行った。大人達の嬉しくないウワサと、若者達のくすぐったいウワサ。そのはざ間の中で、タカハシはリーダーとして、3つのバンドをかけ持ち、やがて仙台で暗剣殺を結成、仙台のホールをくり返しながら彼はもっと大きな舞台、東京へと向かった。

AREANA37℃1985年3月号から抜粋